SEVENTH HEAVENS
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サークル・ゲーム 2013/12/10
「お見送りの準備をお願いします」という電話が介護施設からかかってきたのは2週間前の事だ、ずっと施設で暮らしていた母の方のばぁちゃんの容態が良くないらしい。微熱状態が続いているが特に病気に冒されている訳ではない、つまり天寿を全うしようとしているのだ。

翌日妻と共にお見舞いに行く、時折痰を詰まらせながら肩で呼吸をしているばぁちゃんにもはや会話する気力は感じられない…「3分間」妻に席を外してもらいばぁちゃんと二人だけにさせてもらった。虚ろな表情で片目だけうっすら開けているばぁちゃんに向かって俺はこう語りかけた「今まで世話してくれてありがとう、天国でじいちゃんと仲良く暮らしててください。いつか俺も行きますから。」残りの2分半はずっとベッドの傍らで泣いていた。

生きている人に向かって死を告げる言葉を語りかけるのは非常識な事なのかもしれない、俺もそう思っていた…1年前までは。

その人は桜の花が好きだったというのでこの場ではサクラさんと呼ばせてもらおう、友人の妻であるサクラさんは30代という若さで桜の花が如くこの世を去った。重い病が原因だった。

ちょうど1年前の今頃だっただろうか?余命半年というあまりにも残酷な事実を知らされて友人である俺もかなりのショックを受けたのを覚えている、それから半年間俺はその夫婦の想像を絶する闘病生活を目の当たりにしてきた、友人として手助けをしてあげたい気持ちはあったが、自分が経験したことのない壮絶な世界に手を差し伸べる事すらできなかった。

最後は寝たきりになってしまったサクラさんを偶然にも介護士である夫が献身的に身の回りの世話をしていたのはサクラさんにとって悲運ながらも最高の幸運だったと思う。そんな姿を見つめていた俺はドラマや映画で役者が演じる悲運芝居に全く何も感じなくなった、目の前で起こっている事実に比べればあんなものはクソだ。

夫の看病と多くの人の祈りも空しく運命の日は覆されることなく訪れた。闘病中の苦しそうな姿と棺の中で眠るように横たわる姿のギャップに俺はかける言葉すら見つからないままサクラさんは天に昇った

家に戻った俺は真っ先に両親の所へ行き真面目な顔で言った「今まで育ててくれてありがとうございます、私にとって最高の両親でした」と。棺に向かって感謝の気持ちを伝えても意味がない、伝える事ができるとき、そう思った瞬間に思いを伝えることが大事なんだとサクラさんが命の代償に教えてくれたからだ。それ以来俺の家族はつかえていた物が取れたような温かい空気になった、だから本当にサクラさんには感謝している。

その数日後、偶然俺はサクラさんの両親に会った。ショックを抑えきれない様子が伝わってくる、そしてつぶやくように父親が一言だけ「骨になってしまっては何の意味もない」と言った。はたしてそうだろうか?

幸運にも俺の娘は元気に生きて日々成長している、だから娘を失ったショックは俺には解らない。だけど骨になってしまっても俺のような赤の他人にでさえ強力な影響を与えた自分の娘を少しでも讃えて、存在を認めてあげるのが残された親の役目なんじゃないだろうか?それを意味が無いの一言で終わらせてしまうのはあまりにも可哀想だ。

双方向からショックを受けた俺は感情を失った状態がしばらく続いた。

俺の母である娘を生んだ直後に出兵した夫がビルマで戦死。その後1人で娘を育て上げ、嫁に出した後はずっと独り暮らし。葬儀も10人程度の身内だけでひっそりと行われ、とても華やかな人生だったとは言えないばぁちゃんの最期は見事な天寿全う。「死は誰にでも訪れるもの、決して悲しい事ばかりではない」ばぁちゃんは最期にこう教えてくれたように思う。

もうすぐばぁちゃんが入るであろう墓石には「倶會一處」の文字が刻まれている、簡単に言えば出会いも別れも数は同じと言えば良いか?でもね、例え別れたとしても心の中にはずっと残っているんだよ、だから出会いは多いほど人生は華やかで奥深いものになってゆく。

明日は誰と出会うだろう?