2011年8月4日午前3時…覚醒のアラームメロディーで目が覚める。妻と子供を起こさないようにそっと部屋を出て、顔を洗い身支度をして家を出る。暗闇のガレージに置かれているハーレーダビッドソンを家の前の道まで押して、空キック2回、チョークを開けてメインスイッチをオン、渾身の力と熱い思いを乗せてキックペダルを踏み込めばズドドドドッと爆音が闇を引き裂く、すぐさまバイクに跨ぎ、左手でシフトをローにガコリと入れて逃げる様に走り去る。

 リユニオン…たぶん再結成とかそういう意味だと思う。HOTBIKEというハーレー雑誌の企画として過去10年にわたり1年に一度開催されてたミーティングイベント。俺がその存在を知ったのは免許を取ったすぐの5年前ぐらい、ぜひとも参加したかったのだけれど残念ながらその年の10回目の開催をもって終了してしまったのだ。開催地は必ず志賀高原の横手山の頂上で、以前にそこへ行ったのはこのイベントの関係者だけがプライベートで集まる時に招待してもらったわけ。それ以来本当にフェードアウトしてしまって、もうバイクでこの山に登ることはもうないと思っていた。ところが、久しぶりに買ったこの雑誌を見ると「4年ぶりに復活」なる言葉が書かれていて、その文字を見てちょっとパニック状態になった。参加したい気持ちと、ポンコツバイクで1人で登る不安、その日に休みを確保できるかもわからないし、何よりもあの時に出会ったメンバーが俺のことを覚えているのだろうか?その記事を見てから訳の分からないいろんな事を考えながら2ヶ月間ずっと悩んでいた。
前日になっても決意はできず、とりあえずはバイクの点検だけはやっておきたかったので、久しぶりに引っ張り出してエンジンをかけてみる、簡単に始動はしたもののすぐにストールしてしまった。おや?今までの不調とは様子が違う、よく見ればタンクからキャブレターにつながるチューブにガソリンが通っていない、でもタンクにはガソリンがある。帰ってきた今思えばトラブルにも満たないような症状だけど、その時は「やはり神は行くなと告げている!」みたいなオバケでも見たようにソワソワして、バイク屋に電話してちょこっとかまっただけでアッサリとガソリンは落ちてきた。お告げは誤報だったようだ。

 もし、参加したとしたらあの時みたいに日の出を見たかった、そして前回二日酔いで招待してくれたお礼をできなかったメンバーに改めてお礼をしたかったし、 何よりも編集長である作家「池田 伸」に会える機会なんてめったにないので、ぜひ話をしてみたいと思っていた(文章をパクらせてもらう許しももらわなければいけない)。山頂まではたぶん2時間ぐらいで着くし、日の出は5時ぐらいだから3時に起きれば間に合うはず、その時点で時刻はすでに午前1時…2時間も眠れないのに大丈夫なのか?とりあえずアラームだけセットして眠りについた。そしてその時はきた、きてしまった、アラームを止めてしばらく目をつむって考える。どうする?このまま寝てしまえば今まで通り平穏な毎日が続く。だけど行けば些細なことで悩む今の自分を少しでも変えることができるかもしれない。よし、行こう!ベッドから降りた瞬間に俺は非日常の世界に飛び出したのだ。

 

スゴイ霧!

少しだけ晴れた時


 午前3時のいつもの道はすれ違う車もなくハーレーの爆音に包まれながらも静寂は伝わってくる、昨日のトラブルはウソのようにエンジンは快調、意味のない赤信号に何度か止められながらも郊外まで抜けると飯山市に抜ける峠に向かって左折した。東の空はまだ暗闇で、峠に入ると街頭もなくヘッドライトの明かりだけが頼りの世界。路面のギャップや急カーブ、人の姿に見える何か(?)に怯えながら右に左にカーブを登りながら峠の頂上まで来た辺りで東の空がぼんやり明るくなってきた、それだけで今日の天気が快晴なのがわかった、今日は最高の日の出が見られる、そんな期待感を抱えながら暗闇の峠道を走ると標高に比例して寒さが感じられるようになってきた、バイクを路肩に止めて到着してから着ようと思っていたフリースをバッグから取り出して着ていると、思っている以上に空が明るくなってきてしまっている、まずいこのままでは着く頃には夜が明けてしまってるかもしれない、休憩の予定を中止して飯山市に抜けて中野に向かう直線道路をぶっ飛ばし(誰もいなくて気持ちよかった)立体交差を左折すれば正面に志賀の山並みがそびえたっていた。いよいよあのてっぺんまで登るのか…ふと頂上を見上げると山頂の辺りだけが雲で見えない、こりゃもしかしたら雲海に遭遇できるかもしれない!蛇のように緩やかにうねりながら山に消えてゆく道を猛然と走る、温泉街を抜けた辺りで国立公園内に入ると一気に斜度は増してセカンドとサードギアを駆使しながらさらに登る。半分ほどの標高に達した辺りで見えていた雲の中に入った、雲の中は霧雨の状態でしばらくするとジーンズに水が染みこんできた、さらに視界がどんどん悪くなり目の前が真っ白になってきている、急坂の峠道を到着を待ちわびながら登るけど、いつになっても目的地に着かない、過去の記憶だけが頼りだけど視界が2mにも満たないのではその記憶も意味をなさず、服はどんどん濡れてくるし、ヘルメットのシールドに水滴が付いてもはや視界はゼロに近く、時折前を肉眼で確認しながら進んでゆくと、緩やかな下り坂が始まった。えっ!?下りなんてあったかなぁ?しかし、ここで引き返すわけにもいかないのでさらに下ってゆくと観光案内板を発見、そこの住所にはなんと「ここは中之条」の文字。中之条って群馬県じゃん!霧の中で気づかなかったけど通りすぎてしまったらしい、あわててUターンして今度はさらに速度を落として慎重に進んでいけばどうやら目的地らしい施設を発見。しかし、人の気配はまったく無くイベント開催中とは到底思えない、さらに散策すると小さな看板がポツンと掲げられていた。どうやらここから砂利道をさらに上った先の山頂に受付があるらしい、本来ならスキー用のリフトで登るような所なのだが、物資搬入用の砂利道を自力で上がってこいという事らしいのだ。この道の険しさは前回の経験で承知している、転げ落ちそうな斜度と排水用の深溝を何カ所も跨がないといけない上に、慣れていないハンドシフト…そして視界は2m。仕方なくバイクをそこに置いて徒歩で登って行くことにした。午前5時の山道は風の音と、鳥のさえずり、そして自分の足音だけの独特な雰囲気。上り坂はたしかにつらいけど、でもそんな雰囲気のせいか不思議と疲労感はなく、10分ほど歩いた所で前方の霧の中から巨大な電波塔が現れた、ついにたどり着いたのだ。

 横手山ヒュッテの外の水道で誰かが食器を洗っている、「おはようございます」と挨拶すると明らかに「この人歩いて登ってきた!」という顔をされたが、そんなことよりも早くこの濡れた服をなんとかしなきゃいけないのに、どうやら肝心のヒュッテがまだ営業前らしい。だけどこのままじゃずぶ濡れになってしまうのでリフト乗り場の陰で風と霧をしのいで途方に暮れた、そういえば日の出を見に来たはずなのに、周囲はすべて真っ白。そしてすることは何もないし誰もいない、いくら早朝とはいえハーレー界では有名な雑誌のミーティング会場がまったくもってその気配すら感じない、そういう性格の編集長とは聞いていたがこれは相当なマイペース人間だぞ!ますます会ってみたくなった。

 凍えながら立ちすくんで30分ほど経っただろうか?霧の向こうのヒュッテから 物音が聞こえ始めてきたので行ってみると、営業はまだみたいだけど入り口が開いている、失礼を承知でおじゃまするとそこの主人が薪ストーブに火を入れる用意をしていた、許可をもらって火にあたらせてもらい、しばらく話をする。今年は早くから台風が多く、悪天候の日が多いらしい、下界では台風が近くまでこないと影響がないけれど、こういう山頂では遠くにあるときから影響があるということだ。その後入り口から全身ずぶ濡れの人が入ってきて、その人が俺と同じ事情だということはすぐにわかった。朝の挨拶を交わし、その事情を聞いてみるとなんと!夜の12時半に神奈川を出発して、今到着した所だというのだ。俺と同じどころかそれ以上の過酷な経路を経てこの山でずぶ濡れになったらしい。しかも朝飯を食べたらすぐに帰路につくというからさらに驚き、とにかく今回は走るために来たんだといやはや筋金入りのバイク乗りであります。そこへもう1人、今度は見覚えのある人が登場、前回の招待してくれたスタッフの1人に巡り会うことができた。何よりも覚えてくれていた事がうれしい(正確に言えば思いだしてくれた)、固い握手を交わし空白の3年間を埋めるように話は進む。

 笑えることも悲しいことも全て話し終わった所でその人はついに登場した、「池田編集長」今まで紙面でしか見たことがなく、しかし彼の生き様と言葉に心から敬意を感じていたその人をついに肉眼で見ることになるのだ!まるでドラマの初恋の人に10年ぶりに会う時のように閉じていた目をパッと開いてみた。そこにはボサボサ頭にサンダル、明らかに寝不足の顔をしたオッサンがこちらに向かって歩いてきていた!違う、こんな人じゃ無いはずだ、自分を必死に説得するも目の前に座ったオッサンは明らかに避けることのできない現実、そして実物。そこでこのイベントがなぜこんな雰囲気なのか全てが分かったような気がした、でもこれでいいんだ、国立公園の天辺でバイク乗りが集まれるだけでもスゴイ事なんだ。編集長は「晴れねぇかなぁ〜」とボヤキながらサンダルのまま極寒の外に出て行った…。

 まぁいい、気を取り直して朝飯にしよう。その頃には一般の観光客の姿も多くなりヒュッテの食堂は賑わっていた、食堂では自家製のパンを焼いていて、焼きたてのパンを食べることができる。雲の上で焼きたてパンを食べるのを楽しみにしていたのでどれにしようか悩んでいる、せっかく神奈川の人と知り合うことができたので一緒に食事させてもらうことにして、何を食べるのか聞いてみると「きのこセット」というのがおすすめらしく、それを食べに来たらしい。へぇ〜と思ってメニューのきのこセットを目で探して価格を確認する「きのこセット-\1600」無理でしょこれ?吉野屋なら松阪牛製の牛丼食えるよ(そんなの無いけど)、結局3分ほど悩んで小さな食パンとベーコンが挟まったパン、そしてコーヒーを注文した-\900也。気圧の低い高地で焼いたパンは表面が不思議なほどカリッとして香ばしい、それを熱々のコーヒーと一緒に(目の前のきのこセット眺めながら)堪能した。一緒に食べた神奈川の人はバイク屋を営んでいるということで、忙しい毎日でなかなか休みが確保できないところをこの日だけはと気合いを入れて、しかも自分のバイクがオーバーホール中なのでわざわざバイクを借りてまで走ってきたのだという。途中八王子あたりで豪雨に遭ったらしいけど、そんな事よりも久しぶりにバイクに乗れるうれしさの方が勝っていたという話を聞いて、この人の血にはバイカー血が流れている…とつくづく思った。食事を済ますと本当に帰るということなので、固い握手と連絡先を交換し出発を見送ると同時に「相馬く〜ん!」と大きな声で呼ぶ声が反対側から聞こえた。

 

編集長の愛車

作業を手伝ったテント
 

 月曜から日曜日までの一週間続けられるこのイベントは金曜から革製品や銀細工などのショップが露店を開くので、木曜日の今日はそのテントを建てるらしい、その準備の人手が足りないらしく俺も手伝うことになった。完全無償のボランティアだけど、ウロウロしてても仕方ないし、何よりもこの憧れのイベントの準備に携える願ってもないチャンスだったので喜んで参加させてもらった。ただ、今回が初めての参加なのと、熱帯魚屋がテントの設営なんてほとんど経験することではないのでものすごい足を引っ張ってしまった。学生バイトのように無我夢中で働き、2時間ほどで計16張のテントが見事に並んだ。気がつけば霧は晴れて強い日差しが照りつけている、服はいつの間にか乾き、風に流される白い雲が視線よりも下に流れている、それはさながら飛行機に乗って外を見ているようなそんな景色だった。

 

霧が晴れてきた

駐車場にあつまるハーレー

 

 作業が一段落すると雑誌編集のツートップが二人で話をしていた、このタイミングを逃してなるものかと一緒に写真を撮ってもらった。一緒に並んだシラセ氏も雑誌創刊から関わっているスゴイ人物、撮影後に「そんじゃ1,800円ね。」と、リアルな金額を請求されたがもちろん冗談、すごい良い人なんですよ、見た目は怖いけど。撮影後は池田編集長と少しだけ普通の話ができた、誌上の人と同じ時間を過ごすってすごい事だと思う。いや、むしろ誌上の人間として直接読者と会うこういう機会を大切にしているのだろうか?それが目的なんだとすればやっぱりこのイベントは小さい看板一つと、手つかずの自然があればそれで十分なんじゃないだろうか?浅い人間の俺に簡単に推測できるような事ではないと思うけど、国立公園でこんな事をする許可を得るだけでも天地をひっくり返すような大変な事なはず、それを他人に悟られずにやってのける人物、やっぱりこの人は本物なんだな。

 昼食に編集長の奥様からコーヒーを一杯いただき、いよいよ帰る時間が来た。出会った仲間、そして編集長と固い握手を交わし、朝は誰もいなかった下の駐車場に戻るとたくさんのバイク集まっていた、静かなのは今日まで、いよいよパーティーが始まるんだな。ちょっと残念な気分だったけど朝と同じようにエンジンをかけ、酸素の薄い高地で少しご機嫌斜めなエンジンをなだめすかしながら2305mを一気に下ってゆく、いつのまにか霧は晴れて山頂まで全て見渡すことができた。そう、それはその時の自分の気持ちと全く同じだった。

 中野から峠を避けて帰るつもりが道に迷ってしまい、逆にもの凄い峠をヘトヘトになりながら1時間も余計にかかって帰宅。往復たった200kmの小さな旅ではあったけれど、その距離の何倍もの何かを手に入れたはず、そして俺は少しだけ強くなった。またいつの日か…

「あの山で会おう」

 

 

左から:編集長.俺.シラセ氏

参加した証であるパッチ
 
 あ…文章パクる許可もらうの忘れた!