「2010年2月23日〜24日新潟市にあるADAの本社で特約店関係者限定の研修会を行いますのでご希望の方は…」こんなファックスが1月の終わりくらいに届いた、またやるのか…この手の研修会の募集は今回が2回目で、1回目の勧誘は無視していたのだ。自身の技術や知識の向上にこれ以上の機会はないのは分かっている、だけどメーカー主催(しかもアマノ)の研修会に集まる関係者なんて相当な猛者に決まっているし、ましてやあの「本物」が登場するのは確実なわけで、そんな楽しいイベントに参加したら俺の胃袋にゴルゴ13並のクリーンショットが炸裂するにきまっている、もう帰り道を泣きながら運転して帰るのはごめんなので、その時は無視していたのだ。それから半年ちょっと経っただろうか?同じ案内が届いたというわけだ、モノクロの案内状を眺めること2分、そろそろ来るべき時なのかもしれないな、自分の殻を破り、進化した自分を創ってゆくにはここは避けることができないのかもしれない。よし、行こう!参加申し込み欄に自分の名前を殴り書き、いつものFAX番号にエイヤッと送信、虎穴に入らずんば虎児を得ず!そう、これは己に課した「ぶっこわし!」である(なんか研修の目的が間違っていないか?)。
 そして当日、とりあえず本社か燕三条駅に集合ということなので10時発の快速電車に乗り込む、車で行っても一般道で2時間ほどなのだが、なんせ俺の車はポンコツな上に、数日前までの超大雪のせいであんなワーゲンバスなんか走れるわけがない、というわけで必然的に電車になったわけだ。自宅から駅まで奥さんに送ってもらったのだが、10年前の惨事を共に体験しただけあり車中で「そんな心境で参加する理由が分からない、胃薬だけは必ず持って行け」などとかなり心配なご様子、会話も少ないままホームで15分ほど待っていると電車が入ってきた、最後尾の席を確保し、車窓から外を見ると愛妻が心配そうな顔で手を振っている…俺はもう生きて帰ってくることができないのだろうか?なんなんだこの展開は!?
 この時間の電車は車を取りに行ったとき以来だなぁ、あれからもう1年以上経ってんのか、あの時は秋だったから雪はなかったけど今回は一面が真っ白だ、でもそれ以外は何も変わっていない、やっぱり買っておいた缶コーヒーをカシュッと開けて窓際に置き、車窓をぼーっと眺めて到着を待つ、何故かいつもよりもコーヒーがすすまない、まだ半分以上も残っているのに乗換駅の東三条で降りた。なんてことない郊外の駅、とくに何もすることもなく、発車までは40分ほどあいているけど電車は始発なのですでに入り口を開けて停まっている、乗客がほとんどいないので、やっぱり一番良い席を確保して飲みかけの缶コーヒーを窓際に置き、ふと天井を見上げる、チカチカしている蛍光灯とその横には古風な扇風機が役割無く首を傾げたまま止まっている、そこで感じる一抹の寂しさ…こんな研修でさえひとつの旅なのかもしれないなぁ。こんな時のために本を一冊持ってきた、俺の大好きな作家の文庫本だ、バイクでの1人旅を綴ったこの本が俺の1人旅の寂しさを和らげてくれるのと同時に、この先へ進む勇気を与えてくれるのだ、ゆっくりと最初の章を読み終えると学生達が乗り込んで来て、やがて電車が動き出した。いやでも耳に飛び込んでくる学生達の無意味な会話が自分の若かった頃を思い出させてくれて懐かしい気分になる、そんなタイムトリップは10分ほどで終わりを告げ、目的の燕三条に到着した。改札口を出ると大きな鞄を持った人が数人座っていた、同業者の勘というかたぶん参加者の人なんだろうなぁとは思ったけど、違ってたら大恥だし、そもそも俺はそんな社交的は人間ではないのでここはひとまず駅を出る。集合の時間は午後1時、まだ1時間ほど時間があるからそれまでに昼食を済ませてしまおうと近くのサティに向かった。手頃なファミレスをさがすもイマイチで、ならばハンバーガーでも腹に詰め込んでおくかと店を探すと隣の建物でようやく発見、近づいて行くと何やら拡声器を使用しての派手な客引きを行っている、そんな所に「ハイ来ました」なんて入れるわけがないでしょう?新装開店のパチンコ屋ならともかく、ファーストフード店では勘弁してもらいたい。結局ロッテリアの横を素通りして昼食のタイミングをすっかり逃してしまい、残りの15分は非常階段の下に座ってガムを食べていた。なんか野良猫のようだが、大雪が去った後の春のような好天の中、太陽に当たっているのが妙に心地よかった。
 再び駅に戻ると10人ほどの人が集まっていた、その中には先ほどスルーした人もやっぱり含まれており、なんだか気まずい…。さすが初対面ということもあり皆無言で突っ立っていて、そのまま送迎バスに乗り込んだ。30分ほどバスに揺られるとADA本社、ネイチャーアクアリウムギャラリーに到着、入り口には社員の方総出で出迎えていただき、挨拶を済ませ(俺の事を覚えてくれていて嬉しかった)、ギャラリーの中へ…もちろん初めての人もいるので感動の声がもれる、俺はといえばどのタイミングで「本物」が出てくるか過剰に警戒して、いつでも逃げられるように出口から一番近い場所に立ってその時を待っていた。出てきた…多少白髪は増えているものの威圧感は全く衰えていない、いやむしろ凄みを増しているようにも見える、会場のメンバー全体に緊張が走る!野球部並の威勢のいい挨拶の後に本物から出てきた言葉は…「おい、今日は何やればいいんだ?」やっぱりこれだ…なにも変わっちゃいない、このキャラクターがこのメーカーの原動力になっているはず、その後に吐き出されるオヤジギャグ…きっと初対面の参加者の中の彼のイメージが音を立てて崩れていっているはず、苦笑しているメンバーの表情がちょっとおもしろかったりする。休憩時間、この後の展開を想像するとやや重くなり、1人屋上のテラスから弥彦山に沈む夕日を見る、一番最初に知り合ったADAのスタッフの人としばし話すと、今までの事が走馬燈のように…っていよいよ死ぬんかい?
 

冬の扇風機は悲しげです

天野邸の表札!

本社屋上へ逃亡の時

巨大水槽の反対側は絵画でした


 実際の水槽を前にした講習が終わると2階の応接室に上がった、そうここは忘れもしない10年前の惨事の現場である、俺は本物から一番離れた席をキープした、とりあえず大人しく話を聞いてこの場をやり過ごそうという作戦だったのだが…自己紹介の時間が終わり「世界コンテスト講習」が始まるとなんと本物が俺の目の前に移動してきた!ち、近い、近すぎる、人類は心を許していない相手が90cm以内に接近するとストレスを感じるらしいのだが、90cmどころか50cmも無いような距離だ、そんな距離で解説をしているものだから時折「お前これどう思う?」などというキラーパスが何度も飛んできやがる、そんな応対を繰り返しているうちに俺の中に封印していた闘志がフツフツと沸いてくるのだ、この時スポンジのようにひたすら吸収だけして帰るという計画が「精神が崩壊しようが全力でぶつかってゆく」に変更されたのだった…。
 コンテスト講習の最後になっての質問コーナー、いくつかの問答が繰り返された後に短い沈黙ができた、そして俺は手を挙げた「アマノ氏は目隠しをして石組をしたことがあるか?」一瞬、お前なに言ってんだ?表情を見せたところにすかざず俺は、視覚ではなく精神で組んだ石組を見てみたいと続けた。それに対して数分の説明の後にたどり着いた結末は「お前、明日石組やってみろ!」うぉ、来たぞこの展開、こうやって奴は刃向かっていく人間を潰してゆくのだ、だがしかし今回の俺は自分をぶっこわしに来たのだ、まさに望んだ展開じゃないか、椅子に座り背筋を伸ばし、前方50cmの所に座る本物に向かい「わかりました」と返答した。う〜ん、俺カッコイイ〜!
初日の講習の後は社長宅の4m水槽見学だった、意外なほど閑静な住宅街中で、意外なほどこぢんまりと天野邸はあった、例の庭はさすがに広大だったけど、特に見せびらかすような雰囲気もなく好感が持てた、これは設計者の性格が現れているんだろう(住人とは別です)、そしてその家の建坪とはあまりにも不釣り合いな水族館クラスの巨大水槽、全身で体感できるアクアリウムはたしかに感動的だった。だがしかし、紙面などでも度々紹介されるこの巨大水槽、その反対側を見てみたいと思った人はいないだろうか?水槽に向かっておびただしくシャッターが切られるのとは対照的に、俺は水槽を背にして1人興奮しながら水槽部屋の全景や、家具などをカメラに納めた。今思えば360度撮っておいて誰でも体感できるようなイメージを作ればよかったと後悔。そんな閑静な住宅街からバスで30分ほど揺られると宿泊先である弥彦グランドホテルに到着した。
 歴史があるのだろう古風なホテルの部屋はコタツ常備の落ち着いた雰囲気で、私を含めて4人の相部屋だ。札幌、埼玉、栃木、そして新潟、歳も近い人ばかり(たぶん合わせたんだろう)で、お茶を入れるとすぐに業界の話が始まる、正直言って経営理論とか売り上げとかにあまり興味がないので、感心しながら話を聞きつつ、いつになったら他の話題になるのだろうかと待っているとついに勃発それも「シモネタ…」発言者は札幌代表…、そんな繰り返しが翌日まで続くことになる、あぁ部屋割りはハズレだったかな?1時間もすると宴会場に呼び出されていよいよ無礼講(と思ってるのは本物だけ)の宴会が始まった、なんと席割りはくじ引き制、たのむから本物の隣だけは勘弁してくれ!学生時代の好きなあの子の隣を狙うよりも間違いなく気合いを入れて箱を探ると「3番…」若い数字に一瞬冷や汗が出たが座ってみるとかなり遠い位置だった、良かった〜。で、問題の本物の隣は…札幌代表、…合掌。
 予想はしていたけど宴会終盤に1人ずつマイクでしゃべる時間が始まった、俺は何を話すかは応募のファックスを出す時点でもう決めていた、この旅の「ぶっこわし」の本番がいよいよ始まるのだ、マイクを持って立ち上がる、会場を見回し話し始める、10年前の本社での説教の話、その後のパーティーの帰りに泣いて帰った事、その話に対して本物は「覚えてない」、でも俺は動揺しない、何故かというと今の俺は10年前には見えていなかった「進むべき道」がはっきり見えているから、そしてその先に「天野尚」はいないからである、俺は天野尚を目指し、意識しすぎていたのだ、そのために彼の言動に一喜一憂し胃痛を起こしトラウマになっていた、もちろん尊敬はしているけど、今目指すものは「俺自身」である。この事を目の前ではっきりと言うことができ、次第にトラウマは消えて気持ちが楽になった、会場の人たちには変な話を長く聞いてもらうことになり申し訳なかったけど、俺にとっては創業13年の集大成だった。そんな話の終盤にヤツは便所に行こうとしやがった「コラーッ!」。
 無事に宴会は終了し、比較的年齢層の高い俺らの部屋のメンバーは温泉に浸かって寝る方向に向かっていた(札幌代表は除く)、他の部屋の人たちはどうやら夜の街に繰り出すようでやたら元気がいい、戻ってきた後もどこかの部屋で座談会があるようで、同郷のショップさんにも誘ってもらったけど、もうオッサンになった俺には風呂上がりで、明日の朝風呂に備えて寝るだけであったので就寝させていただいた(札幌代表は除く)、ぜひまたの機会に。そういえば明日は石組やるんだったなぁ、どんな感じで組もうか考えているとあまり寝付けなかった、おかげでイメージトレーニングは完璧、みてやがれこのカリスマ○※▲¥×%■〜ッ!
 

早朝の大鳥居

サービスショットです!プリントして神棚にどうぞ
 
 6時過ぎに目が覚めて外を見る、霞の向こうには弥彦の大鳥居、今日もいい天気だ。さっそくタオルを持って風呂に行く、せっかくの温泉旅館なんだがら満喫しなくちゃね、そして何故かうまい温泉旅館の朝飯、朝からガッツリいただいていると他室のメンバーは霊魂が半分体から抜けているような様子になっている、相当なバカ騒ぎがあったんだろうなぁ。早々に集合時間になり、再びギャラリーに連行される、挨拶もそこそこについに実践講習が始まった、90cmの水槽が目の前に置かれてアマゾニアが敷き詰められる、スタッフの人が近寄ってきて「相馬さん石組やるんですよね?」と言ってきてくれたのでハイと答えると同時にヤツが「おい!誰か石組やってみろよ」…は?昨日俺にやれって言ってたじゃねぇか!とりあえず立ち上がると「他にはいないか?」と言ってさらに2人選出した、もしかして3人で1つの石組作れっていうんですか!?言い訳になっちゃうけど、昨日初めて会った人と意気投合して1つの石組なんで作れるわけないでしょう?とりあえず3人の中で飛び抜けて年上だったので必死にまとめてはみたけど、もう中盤から半分ケンカみたいな感じになって、終わってみれば見事なまでに散々な出来映えに終わった。それを酷評する本物、それってどう思いますか?会場のメンバーも絶対違和感を感じてたと思うし、スタッフの人も「3人はないよねぇ」って言ってくれた、もしかしてこれが作戦だったのか?まぁ、本人の前で石を組んだってだけでも良い経験にはなったけどね。
 その後は外で弁当を食べたり、らしいイベントが続いてあっという間に終了の時間が来た、だいぶ時間が過ぎてたみたいで飛行機時間とかに遅れないように終了式もあわただしく行われた、全員で写真を撮った後に解散、最後に本物が本物の名刺を配っていたけれど、俺はもらわなかった、その理由はもう書いてあります。俺だけ地元ローカル駅から帰るので、本社の前でポツンと残りスタッフの人と一緒に出発を見送る、送迎バスの窓が開いてチョコの箱が差し出される、俺と同い年の独立を目指す栃木のショップ店長だ、チョコを受け取りガッチリ握手をする、大して話はできなかったけれど、それだけで全て分かり合える気がした、人付き合いは苦手だけど、こういうのも悪くない。最後に残った1人はスタッフさんの自家用車で最寄りの在来線駅に送られて、学校帰りの学生達と各駅停車で帰路に就く、きっと帰りの夕日は涙で滲んでいるのだろうと思っていたけど、今日ははっきりと見えた、慣れぬ乗り換えでブーツでホームを無駄に走り回り、一息ついた時に食べたチョコが少ししょっぱい気がしたけど。