梅雨入り目前の6月初旬、寄せ集めの野宿道具をバッグに詰め込んでガレージに向かう… フロントホイールに巻いてあるチェーンロックを外す、それはまさに血に餓えた猛獣を解き放つかのような緊張感…燃料コックを開け、エンリッチナーを引き上げる、空キックを数回、メインスイッチをオン、神への祈りと渾身の力を込めてキックペダルを…蹴る!蹴る!!蹴る!!!蹴る!!!!蹴る〜っ!!!!!!………セルモーターのスイッチを押す。ゴワンゴワンという轟音のモーター音が数回鳴った後、ズドドドドド!という地を揺るがすかのような爆発音がガレージに響く、こいつの寝起きは機嫌が悪い、目覚めを待つ間にタバコに火を着け…って俺はタバコは吸えないんだった。
  ついにハーレー乗りになった。いや、なってしまったというべきだろうか?免許を取って5年、はじめの頃は興味すらなかったのに。理由はなんだろう?音や振動という体感できる違いもあるけど、一言で表現するなら「何故乗るの?」と聞かれたら迷わずこう答えるだろう「何故乗らないんだい?」と。まぁ、ここでバイクのインプレッションをする必要は無いと思うのであえてあーだこーだは書かないけど、その論議の途中に必ずでてくる「古い方が偉い」とか「盗作、偽物」といった論議はすこぶる嫌いなのでここでは割愛させていただく。
  ついに育児戦争の序章が終演し、保育園生活が始まった。それはつまり午前9時〜午後3時まではフリータイムということだ!それはまさに血に餓えた猛獣、春から毎週のようにコイツに乗ってそこら中走り回っている始末。そして、いよいよ当ツアーもめでたく再開ということで、初めてのロングツーリングを兼ねて過去幾度となく訪れた日本海沿岸沿いを走り抜けようという事にしました。とりあえずの目的地を約100km先の「七浦シーサイドライン」と決めて、ガソリンストーブとコーヒーなどを背中のシッシーバーにくくりつけた。天気は薄い雲があるものの、気温もちょうど良く最高、バイクにどんなトラブルが起きてもいいようにありったけの道具をお守りにして出発!
 ツーリングでは出先のうまい物を食すというのが醍醐味になっているけど、帰宅までの時間と予算が限られているため、買って行く事にした。選んだ昼飯は「バラパン」地元の人にはもはや説明不要の名店、町外れにあるそのパン屋の隅にバイクを止めて、店内に入る。ケースにズラリと並ぶパンと同時にいい匂いが体を包み込んだ、その後奥から出てきたおばちゃんが俺の姿を見て一瞬止まった、無理もない…黒いTシャツに黒いヘルメット、そして伸長180cmの男が立っていたらまず客とは思わんだろう、すまぬおばちゃん。
 周囲のお客の冷ややかな視線を受けながら荷物にパンを放り込みふたたび走り出す、このバイクを買ってからはまだ半年ほどしか経っていないのだが、今まで海沿いの道を走った事がなかった。この地に住んで海沿いを走らないというのはなんとももったいないと言われるかもしれないけど、海沿いの空気には必ず「塩」が混ざっている、塩が混ざるという表現は物理的に正しいとは思えないけど、でも海沿いを走ると100%塩は付着する。俺は高校時代の3年間だけ海岸まで歩いて3分の所に住んでいたのだが、当時の愛車であったブリヂストンのチャリのハンドルがわずか半年間外に置いておいただけでボキリと真っ二つに折れたのだ。しかも国道を渡っている最中のど真ん中で…車から見ればバランスを崩したわけでもないのにいきなりコケた学生に驚いただろうし、俺も何が起こったのかわからないまま道路に寝ていて、鳴り響くクラクションで我に返ったという始末。そんなトラウマもあるせいか、二輪で海沿いを走るのが結構恐いので今まで通らなかったのだ。ただでさえボロいバイクなのにこれ以上錆びたらどうなるか解らないし、はたして洗車をしてもいいのかどうかわからないシロモノだけに相当悩んだが、コイツを一生乗りこなすにはこんな低度のトラウマに捕われていてはならんを意を決しいざ海沿いに出た。視界が開けるのと同時に青い世界が広がる!その中を心地よい排気音と共に走り抜ける!やっぱりここに来てよかった。
 今日は何も考えずに行ける所まで走ろう!と心に誓い、海沿いを進んで行くと海に面した崖が見えてくる。震災当時はこの崖のほとんどが崩れて地肌がむき出しになっていたが、中越沖地震から約1年経過した今は徐々に下草によって地肌は覆われて元の状態に戻りつつあった。当時はこの国道はすべて閉鎖状態で、並走している高速道路が迂回路として無料で開放されてた時期を思い出すと、人間の復興能力ってのも自然に負けてないじゃんなどと思いつつ先を急ぐと工事による片側交互通行が次第に増え始めた、その作業内容は震災後に応急的に補修した路肩の最後の手直しという感じの内容、車道に関してはほとんど関係がない事で、こんな事で何度も止められた挙げ句に長時間待たされる事にいらだちを感じ始めた。予定していた時刻よりも大幅に遅れて、国道から1本曲がったさらに海に近い県道に入るとまたしても交互通行…うわぁまたか、と思いながら工事現場をこえる時に見た物は明らかに国道上で見た作業内容とは異なり、地震により波打った車道を掘り返しているという震災直後と見紛うばかりの光景だった。俺が今まで見ていたのは震源地のごく一部でしかなかった事がわかった、さっきまで人間の力を過信していた事と、この星にとって寝返りにも満たない事がこれだけ人類に影響を与えるものかとも痛感した。そのまま俺は紛うことなき被災地を走り続けたがやがてその道は途絶えた…
 

整然と並ぶ2台…床にオイル漏れが!

もはや震災直後そのままの様子

海岸線はどこも崩れている

道は完全に閉鎖されていました

巨木が崖から落ちてきています

対照的に海は異様に穏やか


 ちょど1年前であろうか?俺は友人たちとこの同じ道を車で通っていた、その2ヶ月後に地震が発生した。当然ではあるがその1年前はこの道は何事もなく、その時はそのまま通り抜けて行ったのに、それが今はどうだ?地割れ、倒木、崖崩れ、当然道路は通行止め、とてもあの時と同じ道とは思えない。唯一変わっていないのは穏やかな水面だけかもしれない、道路封鎖のバリケードの前にバイクを止めて、危険を承知で柵を越えていった、俺はカメラを片手にまるで浦島太郎になったような気持ちで亀の背中に乗る前の光景を懐かしむかのようにシャッターを切った。
 道路のバリケードと共にすっかり旅気分も途絶えてしまった、昼の時間にはちょっと早かったが例のパンを食べる事にした。バリケードの少し手前には奇しくもその友人たちと通った時に休憩した小さな公園があったので、そこを借りる事にした、小さな東屋の日陰がちょうど良さげで近付いてみたが、地面には大量の吸い殻が…自分はタバコを吸わないから余計に強く感じるのかもしれないけど、本当にこのマナーの悪さには悲しくなる、俺はタバコを吸うという行為は吸えないながらにジェントルでカッコイイものだと思うのだが、これを見る限りは紳士とはほど遠いものになってしまいがっかりしてしまう。それと同じくらい目立ったのは大量の鳥のフンだった!尋常ではない量、上を見上げると東屋の柱にたくさんの巣が作ってあった。どうやら道が閉鎖されて人が来なくなったので、鳥の楽園になっているようだった。そこにしばらくお邪魔させてもらおう。
 以前の俺ならここで缶コーヒーの蓋を開けていただろう、だがしかし今は違う!今の俺は湯がわかせるのさ、いうなればついに猿から人間へと進化を遂げたそれはまさにエボリューション!それは日常生活とは少し違う時間を過ごすため、そして家を追い出された時に生き抜くため(?)に買った逸品、さすがに今日は寝袋までは持ってこなかったが、このガソリンバーナーさえあればコーヒーはもちろん料理だって出来てしまう、熱々のコーヒーが入ったと同時に今日の獲物とのご対面だ!「スパゲティーパン」…ぶっちぎりでバラパン人気No,1メニューで、昼頃にはもう売り切れてしまっていることもある。自家製の柔らかく甘みのあるコッペパンにシンプルにケチャップで和えただけのようなスパゲティーが挟んであるだけ。この「スパゲティー+パン」いわゆる「炭水化物×炭水化物」の血糖値上昇最強コンビの攻撃はもはや「ハンバーグ」並の本能的食欲を爆発させる!画像にはないがこのスパゲティーパン2個とその他の2種類を1個ずつ、合計4個のコッペパンを食した。…中学生か!?
 食べてる最中やたらと頭上の鳥が騒がしい、まぁ無理もないよね子育て真っ最中の時に人間が巣の至近距離でパン食ってんだから、お詫びもかねて貴重なパンのかけらを数個投げてやった、さすがバラパンの引力は万物共通かと思いきや見向きもしねぇ…貴重な食料ガァ!
 

出先で熱いコーヒーが飲める幸せ

平和な公園も崩壊寸前

「スパゲティーパン」満足感は肉同等

いまだに屋根にブルーシートが…
 
 その後コーヒーを2杯飲み、後片付けをする。来た時よりも美しくがバイク乗りの美学、しかし誰が吸ったかわからないタバコの吸い殻を持ち帰る勇気は俺には…なかった、所詮ヘタレだわ。ならば鳥のフンだけでも!…すまん無理だ。自分のゴミだけはしっかり持とう。最後に公園内を散策したがここもかなりのダメージが残っていた、いつかすべてが直ったらまた走りに来る!と誓ってその場所を後にしたのでした。そうそうバイクに跨がってからさっき投げたパンクズを見たらきれいに無くなっていたよ、結局パンの引力よりも俺の怪しさの方が勝っていたわけですな、やれやれ。
 偶然と言うかなんという表現にすればいいかわからないけど、この旅のわずか三日後に「岩手、宮城内陸地震」が起きた、今回も地割れや土砂崩れが多く発生し、多くの人が亡くなった。地球上に寄生して生かしてもらっている以上は文句をいう権利は無いと思うし、避けられない災害だとも思うが、やはり可能な限り起きてほしくはない事だと思う。
 予定時刻よりもかなり早く帰路についたこの旅は、後半かなり遠回りして帰る事にした、走行距離も100kmを越えた辺りで徐々にケツが痛み出してきた、俺のバイクについているシートは元々装備されている純正の物ではなく、前のオーナーさんがたぶん見た目重視で選んだ物だと思う、要は極端に「薄い」のだ、ハーレーの世界にはもっとペラッペラのシートで、さらにはサスペンションも付いていないバイクに乗る強者も多いけど、ホンダやヤマハにどっぷり使ってきた俺の尻はこのUSA魂バリバリのライデングポジションによってさも簡単に破壊された。今年はケツに股間にこの辺ばかり痛くなるなぁ…、腰下だけお祓いでもするか?