イエローイーグル 2011/9/16

 お恥ずかしながら34歳にして初めて独りで東京へ行くことにした、今まで家族や友人と行った事はあったけれど、今回に関しては自分だけの目的に没頭したかったから。
  「ゴローズ」。手作りのシルバーアクセサリーを売っているこの店のことを知ったのはまだ2年ほど前のこと、店主である高橋ゴローというお爺さんの事を書いた本を読んだのがきっかけ。若かった頃から物作りが得意なのと、インディアンに憧れてアメリカに出向き神聖な儀式を経てついには本当にインディアンになってしまった男。物作りに関しては一貫した信念で自らを「作る人」と実にシンプルに表現して今なおそのスタンスは崩れていない。そんなゴローさんにとても会ってみたくなったのと、一つでいいからゴローさんの作ったアクセサリーを身につけたいと思うようになった、実は本気で装飾品を身につけたいと思ったのは生まれて初めてだ。
 そんな2年前の衝動は仕事の事情と家族を残して1人で出かけるのは難しいということでずっと押し殺してきた、だけど2ヵ月ほど前に何気なくその本を読み返してしまった俺はその本を閉じるのと同時にもはやどうにもならない心境になっていた「よし!ゴローさんに会いに行こう」すぐさま東京行きのバスのチケットを予約して来すべきその日を待ちわびた、奇しくもその日は誕生日の前日、35歳になれば人生も折り返し地点だろう、きっとこの旅が後半の人生を大きく左右する事になる、いろんな想像がめまぐるしく頭の中を駆けめぐり出発前日はなかなか眠ることができなかった。
 朝、7時20分発の高速バスに乗る。俺は本当に独りで東京に行けるのだろうか?まるで子供の初めてのおつかいのように不安な顔をしていたに違いない、到着までの5時間は日々の疲れを癒すのにはちょうど良いはずのなに、結局緊張で一睡もできずに昼過ぎに池袋駅の前に放り出された 。 そびえ立つビルの足元に呆然と立つ、独り旅の東京のなんと孤独な事か、目の前に数え切れないほどの人間が歩いているにもかかわらず、それらはすべて他人でまるで人のように感じない、立ち止まっているだけで違和感を放ってしまうぐらい皆何かに追われて急いでいる、同じ日本どころか違う惑星にでも迷い込んでしまった気がした。だが、そんな負け事ばかりいってられないのでとりあえず昼食にすることにした、見知らぬ土地ではどうしても馴染みのファストフード店を頼りたくなってしまう。が、ここは意地を張って田舎にはないビルの地下にある定食屋に思い切って降りていった。ランチのカツカレーが500円ということで迷わず食券を購入し待つこと1分で目の前に置かれた。休憩もかねてゆっくり時間をかけて完食し、いよいよゴローズのある原宿へ向かうことにした、切符を購入し5分おきに入ってくる田舎では考えられないシステムの電車に乗り込むと俺はまた見知らぬ惑星に迷い込んだ、目の前の人間(のような生き物)は全て携帯電話を片手にして耳はイヤフォンで塞がれている、それはまるで周囲の人間に対して自分の存在を遮断しているかのようだった「俺はここにはいない、関わらないでくれ」隣同士で座ってるにもかかわらずそれらはそこに存在すらしていないのだ、偶然隣に座ったばあちゃんからミカンを貰うなんてシーンはここではあまりにも似合わない。
 原宿駅に着いて電車を降りればいよいよ未知との遭遇もクライマックスを迎えたらしい、宇宙人の目のようなサングラスの人、アルプス帰りですか?と聞きたくなるようなドレスに弁当のようなカゴを持っている人、全身黒ずくめ男、やたらだらしない堂々としてる奴、とにかく気持ち悪い奴、意味が分からない人、それが文化だと言われれればそうだろう、お前がおじさんなだけだと言われればもちろんそうだろう、でも悲しいのは奇抜なだけで粋じゃない事、日本人が代々受け継いできた文化が全く生かされていない所、文化を牽引しているようで捨てすぎているこんな国は他にない。
 意図しなかった絶望感を引きずりながら歩いていると若者が座って列を作っていた、どうやらその先頭にゴローズがあるらしい、念のため最後尾の人に確認をして歩道の並びに伸びている金属のベンチに座った。人数にして40人ほどだろうか?4〜5人一組で店に案内されて次に呼ばれるのが20〜30分後ぐらい、中で何が行われているのか検討がつかないがとてもゆっくりとしたペースで行列はほとんど動かない、でも入店にために座っているその場所が今の俺にとっては唯一の居場所なので意外と苦痛ではなかった。列に加わったのが午後2時前、まだ太陽は真上近くにあったのが、次第に並木の陰は長くなり、赤く夕暮れに変わって、夜の闇になった。5時間…いまだかつて同じ場所に何もせず5時間もの間座っていたことがあっただろうか?これだけ「急いでいる街」で若者を5時間も座らせ続けるゴローズの力とはどんなものなのだろうか?ついに列の先頭になった俺に店に入る時がやってきた、オレンジ色の階段を登ると木でできた手作りであろうドアがあったのでゆっくりと開けた、お世辞にも広いとは言えないけどなんとも言えぬ温かみの溢れた空間には商品というよりも作品と呼ぶべき様な革や銀製品が並んでいた。店員さんに話しを聞けば最近はゴローさんは店頭にいる機会は少ないらしく、残念ながらその日は会うことはできなかった、でもその空間には間違いなくゴローさんはそこにいて、見守ってくれているような感じに包まれていた。もう一つ残念なのは家族に一つずつ購入しようと思っていた鷲の羽根を象ったシルバーのフェザーは売り切れしまったという事だった、手作りなのだから仕方がない、唯一残っていた大きいフェザーを結婚10年目の妻のために一つだけ購入した。5時間並んで滞在は5分、でもそれは夢のようで夢ではなく、そして異星ではなくまごう事なき地球の大地の上だった。
 これだけ行列が成す店なのだから多少は接客対応が浅くなってしまうのが仕方がない、それでも店舗を増やしたり拡張することなく、そこにありつつげ、作れば売れるのは間違いないはずなのに手作りにこだわり、決して量産に走ることなく制作に手を抜かない、それを続けるのは並大抵の事ではないと思う。材料も買えないような無一文の状態から道具や店舗をすべて自らの手で作り上げ、努力と工夫と情熱で続けてきたゴローズそのままの姿がそこにあった。
 ゴローさんは「僕が作ったシルバーをみんながお金と交換してくれるから旅に出かけたりすることができるんだ、そしてみんなが着けてくれているシルバーと共に僕も一緒に旅をしている、すばらしい事だよ」と言っていたらしい、ならば俺の仕事の評価をお客さんがお金に換えてくれて、それでフェザーを買ったんだから、セブンスのお客さんのおかげでゴローさんは旅に出たり、また新しい物を作ったりすることができるんだからスゴイ事だ、これがお金の本当のあるべき姿だと思う。なのに今はお金のために人を傷つけたり、命を奪ったり、家族が壊れたり、つながりが途切れてしまう事ばかりが起こっている。きっとゴローさんも悲しんでいるだろう。
 「作る人」さすがに俺は自分の事をそこまでシンプルに表現することはできない。でも、ゴローさんが作った物を手にした人がゴローさんの気持ちを感じ取ることができるように、俺も自分の仕事に対して同じくらいの情熱を込めていこうと思う、きっと今後もゴローさんに会うことはできないかもしれないけど、俺の感じた事はそれでいいんだよね、ゴローさん?

 悩んだときは胸に下げたシルバーのフェザーに手を当てれば進むべき方角を教えてくれる、揺れたフェザーがカチンと鳴ったらそれはゴローさんが微笑んだ証拠。