DNA 2011/3/21

 数ヶ月前日本の国内総生産という値が今までの世界第2位から3位に転落したといってマスコミが騒いでいた、それと同じ頃に学生の学力テストの世界順位が下落しているとも言っていた、そのニュースを俺は座布団の上に寝転がりながらぼんやりと眺めていた。 つまり「ど〜でもいい」のだ、国の豊かさとか学力の順位なんてのは世界のごく一部の国の中での身勝手なランキングであり、それが上だから俺にとって何がどうなるわけでもなく、結局自国が上位になりたいが為に主催した「独裁的選手権大会」。
 じゃあ日本が世界で2番目に豊かだった頃を思い出してみよう、その国には東京湾を埋め尽くしてもまだ増え続けるゴミに溢れ、年々金目当の残虐な犯罪件数は増加し、大量に輸入した食料は結局廃棄されるどころか、麦一粒育てられないような人間が街中を堂々と手を振って歩いている、それのどこが世界で2番目に豊かというのだろうか? 一度贅沢な思いをした人間はほとんどそれ以前の状態に戻ることはできないし、戻れたとしても相当なストレスを感じる事になるらしい、落ちた人間は躍起になって贅沢な頃に戻ろうとして、それが無理だと思うな否や自ら命を絶つ、よく見ればそんな人の周りでさえもモノで溢れかえっている、それ以上何が必要だというのだろうか?独裁的選手権大会の下位に属する国にこんな現象は無いと思う。俺たちはカネやモノの贅沢と引き替えに大切な物を失ったことに気づいているのだろうか?
 目の前に大きな壁が立ち塞がった時、奈落の底に落とされた時、自分の未来がどうなるのか不安で仕方がなくなると思う。でも、今まで日本を築き上げてきた先人達は俺達以上の苦難を乗り越えてきて今まで命を繋いできたはず、そして俺達にはそのDNAが確実に宿っている。別れもその苦難の一つ、岸壁に打ち付ける大小の波のように人は出会いや別れを繰り返し心の絆を深め、命の道を繋げてゆく。
 あと300年も経てば俺達は聖徳太子や織田信長と肩を並べて歴史の教科書に掲載される存在になっているだろう、300年後の日本人達に受け継いだDNAに誇りを持ってもらえるような生き方を俺達はするべきである。独裁的なランキングなど最下位でかまわない、下の国をあざ笑うくらいならそれでいい、むしろ上だけを向いて歩いてゆけるならそれでいい、風が強いなら地面を掴んででも進んでゆけ、向かい風は立ち向かう者にしか吹かないのだから。