白無垢 2010/12/11

 ばあちゃんが他界した、享年96歳。
 家族はもちろん、親戚、ご近所誰もが驚いた。というのもこの歳で杖一本あればどこまでも歩くし、食事や洗濯、風呂に至るまで身の回りのことはすべて自分でこなしていた。身だしなみを常に意識し、外出するときにはほとんど同じ服は着ていかない、亡くなる3日前にも服屋や美容院に行き、白髪の先を紫に染めて帰ってきた。振り返らずまっすぐ前を見て生きる姿は衰えを感じさせず、時として凛とした風格さえあった。
 大正始めに生まれ、激動の昭和初期を乗り越えて生きてきた貴重な存在をまた一つ失ってしまった、今の日本の平和はその記憶があってのものだと思うし、実際その記憶の薄れと共にまた同じ過ちを繰り返そうとしている、ばあちゃんが言うには今は本当に平和だと昔の話をした最後に必ず言っていた、そんな時代を当然のように感じていながら生きている俺たちはそれを守ってゆけるのだろうか?
 葬儀の時に初めて知ったのだけれど、ばあちゃんは生前葬をしたいと10年以上も前から周囲に話していたそうだ、最終的には浄土真宗の総本山にまでその話が届き、結局は宗派の事情で行うことはできなかった。なぜそこまで生前葬にこだわっていたのかというと、 自分が生きて来れたのは周囲の人達のおかげなので、自分が生きているうちにその人達にお礼がしたかったのだという。そして手芸を趣味とし、驚くほどの完成度を誇ったその作品の作業一つ一つにそのお礼や感謝の気持ちを込めていたらしい。
 俺の両親は共働きだったので、人生の半分以上をばぁちゃんに育てられてきた。自分がこの店を始めようとしたとき、父親は猛反対し毎日のように喧嘩になっていた。そんな中でもばあちゃんはなんの躊躇もなく私の背中を押してくれた「好きな事を仕事にしてうまくいかない訳がない」と。でもそんな支援に甘えて生きる俺の姿を見て、いつも心配していたらしい、「魚屋は大丈夫なのか?やっていけているのか?」と直接聞かれたこともあるけれど、妻にはそれ以上にいつも聞いていたらしい…。俺はもう大丈夫、セブンスを取り囲むお客さんや取引先の人達は皆すばらしい人達ばかりだからもう心配しなくて大丈夫。今度はこの店を続けることでその人達にお礼をしていかなければならない、ばあちゃんの気持ちが少し分かったような気がする。
 生前真剣な顔つきで「もうしたい事はすべてした、人生に悔いなし」と断言したばあちゃん。周囲の反対を押し切って町屋から農家へ嫁ぎ、映画のような壮絶な人生を送ってきたばあちゃんは35年前に他界した夫の元へ二度目の白無垢を着て旅立っていった、もうお別れの時だけど、俺の背中はいつまでも大きな温もりで押され続けている。