アクアリウムチョッパー 2009/7/12

 チョッパーと聞いてどんな物を想像しますか?ほとんどの人は映画イージーライダーに出てくるようなフロントフォークのにょ〜んと伸びたハーレーだと思います。世の中への反骨精神と自己主張、そして生きるために乗るバイカーのためにあるその人のためだけのバイクが「チョッパー」。だから乗りやすさか、実用性なんてものには完全無縁、そして走るために必要な物以外は全て取り払われているというところが実にクール。無骨ながらも何故か繊細さを感じる不思議な乗り物です。
 先日、俺の元に一台のチョッパーが来ました。この世界不況が原因でオーナーから離れざるを得なかったバイクが買い取り業者のトラックに積まれようとしていたところを偶然目撃して慌てて私が引き取った物です、バイク乗りがそれを手放す時に嬉しいと思うヤツはいないと思います、ましてや自己精神そのものであるチョッパーが見知らぬ人間の手に渡るのなんて臓物を掻き出すような思いだったのではないかと勝手に想像した末の行動、実に浅はか。
 自分の膝よりも低い位置にあるシートに座り、肩の高さからまっすぐ前に腕を伸ばした所にハンドルがある、これを良しと思える人間は10人に1人もいないはず、もしかしたら自分だけかもしれない、でもそれでもかまわない、だってこれはチョッパーなのだから。そしてこのバイクには走るために必要な物しか付いていない、フロントフェンダーはもちろん、警告灯やタコメーターもない、ブレーキもリア側だけ、セルモーターもない、エンジンをかけるときは重いキックペダルを踏み込む、まさに自分で火を入れるのだ。道路の法律が原因でつけざるを得ない物も多い、きっとこれを作った人はもっとシンプルに作りたかったはずだろう、乗り手の精神を全く無視する法律、乗り物の楽しさを根底から奪い去る法律、そして古い乗り物に高額な税金をかける悪法、それでいて「物を捨てずに大切に」とかいう役人、本当に死んでほしい。
 このチョッパーを見ていると、意外にもアクアリウムとの共通点を感じることができる、必要な物だけを使うというシンプルに徹する方法がアクアリウムスタイルにも最適だと思う、毎月の雑誌のページをめくる度に登場する新製品の数々、そのほとんどに俺は必要性を感じない、言ってしまえばその雑誌ですら必要ない、本屋で立ち読みする程度。流行やスポンサーに縛られた内容に吐き気を催してしまう、せいぜい1分が限界。そんな俺が作ったアクアリウムはもしかしたらチョッパーなのかもしれない、業界への反骨のこもったアクアリウムチョッパー!でもそれを認めてもらうつもりもない、だってこれもチョッパーなのだから。
 両腕を前に突き出し、地べたに這うような車高のロングフォークチョッパーに跨り、どこかに出かけてみようか?そんな衝動に駆られるけど、それを目の前にすると思うのはまだ俺にはこれに乗る資格がない気がする、常識と呼ばれる冷たくて大きな波に逆らえるほどまだ俺の体はまだタフじゃないから、いつか俺が本当の男になったときにキックペダルを踏んで火を入れる、その時に大きくなった息子と並んで走ることができれば最高だ。