Safari 2008/11/11

 あまり好きではないのだけれど、仕事でパソコンを使うことがある、その時何気なく気になった言葉「サファリ」。インターネットブラウザの名称であるこのサファリという言葉を見ていろんな事が頭に浮かんだ、まずはサファリウインドウという機能を持った車が存在しいる事、そしてその車を販売しているショップの事…名前だけを頼りにその店を訪ねた、初めて訪れた俺に対してその真剣なオーナーさんの対応、説得力のある説明、そのショップのポリシー、誇り…、俺の店に足りない物をまざまざと突きつけられてしまった、そしてなによりもそのオーナーさんが車を心から愛し、楽しんでいるという事が真摯に伝わってきた。それに対して俺はどうなんだろう?本当にアクアリウムが好きなのだろうか?楽しんでいるのだろうか?はっきりいって日常生活には全く不要なこの趣味を、足を運んでくれた方達にその良さを伝える事ができているのだろうか?
 サファリ…時として過酷な事も頭に浮かんだ。数日前バイクで走っていた時に対向車が異様なまでに車線をはみ出して何かを避けた、何か落下物でもあるんだろうと注意しながら進むと、路肩に下半身を引きずりながらのたうち回るネコがいた、その時の自分の行動が今の自分をすべて物語っているんだと思う、俺は見て見ぬふりをしてそのまま走り去ったのだ、たとえそこに留まりそのネコを抱いたとしても自分にはどうにか出来る自信がなかった、それがものすごく怖かった。そして終いに自分に言い聞かせた言葉がこれだ「あのネコはきっと車に曳かれたにではなく、生まれた時から下半身が不自由で、ただ路肩を散歩していたのに違いない」今思い返しても情けない、動物を扱う仕事をしている者の片隅にもおけない最低の人間だ。 俺は今、一匹でも多くの観賞魚を救うために魚病学を独学で進めている、だけどネコを見殺しにするような奴にそんな事をする資格があるのだろうか?
 サファリ…本来なら 狩猟を意するこの言葉ではあるが、狩られるべきなのは俺なのかもしれないな。