ノークレームノーリターン 2008/7/22

 インターネットオークションをやってみた。このコラムを読める環境の人にはもはや説明は不要かと思うが、インターネットを通じて主に個人間で物品の売買ができるというものだ、出品商品数もさることながらオークションというだけに購入者の価値観で価格が決まるというのもおもしろい。うまくいけばかなりの安価で商品が手に入るというのも人気の要因なのかもしれない。いろいろ見てゆくとある言葉が気になるようになってきた、それは「ノークレームノーリターン」つまり購入後はいかなる理由があろうとも苦情を言ったり、返品したりするなという条件らしい。これが個人間取り引きにはまず間違いなく付いている条件だった、たしかに自分が商売をやっていて最も神経をすり減らすのがクレームの対応である、中には信じがたい理由でクレームや返品を申し出る購入者がいて怒りを通り越してあきれてしまったという事もある、当然そんな方には毅然と対応させていただくが…。さて、このオークション業界にもそんなあきれてしまうような人がいたのだろうか?まぁ、これだけの拒絶反応をしているというぐらいだからいろいろあったんだろう。だが、いくらなんでもこのマル投げ無責任販売というのはいかがなものだろうか?売りに出す自分の商品にそんなに自信がないのだろうか?さてはそれに対してのクレームが恐いのか?これだけの人数が参加しているのだから1日の売れる商品の数は俺の地元の商店街の全ての売り上げ品数よりもはるかに多いはず、その商品のほとんどがノークレームノーリターン、そしてお互いに顔も見る事も無く、口座への入金を確認し、購入者は宅配便で商品の到着を待つ。
 儲ける(もうける)という言葉の「儲」という漢字は「信じる者」と書く、つまり商売というのはお互いを信じる事により成立する事らしい、もちろん俺が実際にインターネットオークションで購入をするときにも「信頼」という言葉が出てきた「あなたは信頼できますので入金よりも先に商品を送ります」この言葉が出てきた時はさすがに感動した、この冷ややかな取り引き行為の中にもこんな事があるもんなんだなぁと思ったがそれも一例、そしてその商品の購入条件も当然ノークレームノーリターン。俺はこの条件の中には「儲」は存在していないと思う、よくわからないけど確信できる。
 「金は天下の回りもの」だったっけ?最近はこのセリフはほとんど聞かなくなってしまった、理由は明白でつまり「回りもの」ではなくなってしまったからだ、この言葉の信頼性がまだ高かった時代は物流の範囲も狭くて、夕食の材料は近所の商店街に買いに行くという頃なんじゃないかと思う、お互いの必要な物はほとんど地元で購入することになるので、お互い様商売が成立していたんだと思う。ところが今は通信販売を利用して、日本で一番安い店から簡単に物を買う事が出来る、使ったお金は銀行を通じて遥か彼方へ消え去り二度と戻ってこなくなる。こんな事が常識になってしまったために、昔ながらの商店街はどんどん荒んでしまってしまうし、人間関係は希薄になる。俺はつい最近まで自分が払ったお金が相手にどのように使われるのかなんて考えた事はなかったし、自分の為だけに少しでも安い物を探して購入していた。あるいは周囲の人間よりも同じ物を安く手に入れるという快感だけの為に、その商品の本質を見る事無く物を買っていたのかもしれない。でもそれは自分の欲求を満たすだけという事に気付いた、その物足りなさに気付いて実行した事は全ての買い物とまではいかないが、せめて趣味で購入する物ぐらいは地元の店で買おうということ、たしかにほとんどの物が定価に近いものばかりで金銭的にはきついけど、そこで使ったお金がその店で、その家族の為に役に立つというのなら損したなんて全然思わない、逆に本当の買い物の気持ちよさという感覚に気付かせてもらった。
 地元の店での買い物にもれなく付いている特典がある、それは「信頼」。買った商品に対しての詳しい説明はもちろん、何か問題があった時でも嫌な顔ひとつせずに対応してくれる、ノークレームノーリターンなんて言葉はそこには存在しない。「安物買いの銭失い」なんて展開もありえない。それはスマイル0円を圧倒する究極のショッピング。だからその日の買い物の一品だけでもいい、ガソリンが高いならちょうど散歩がてらに寄れる商店でもいい、その店、その人、その家族、あなたの街のために買い物をしよう、きっと最高の笑顔がそこにある。