水換え不要商品と挨拶 2008/6/8

 「頑固ジジィ」という肩書き、俺は間違いなくそれに近付いてきていると思う。自動車教習所に入校する時に性格判断テストのようなものを受けると思うが、17歳に受けた時は全く問題はなかった、26歳に再び入校して同じテストを受ける事になった、内容も全く同じ物だったので17の時と同じように答えていればいいだろうとそのつもりで回答していた、返ってきた結果を簡単にお伝えすれば「あなたは頑固ジジィです」…マジかよ?同じように答えたつもりだったがそのテストは確実に俺の10年間での性格の変異を捉えていた。
 それ以来日頃の行動や考え方を気にするようになったが、そこで一番気になったのが店に入ってくるお客がなぜ挨拶をしてこないんだろう?という事だった。こちらが満面の笑みで「いらっしゃいませ」を連呼しても、あきらかに眼をそらせてスーっと奥へ消えて行くのだ、そして(特に何も買わずに)出ていく時も 、逃げるようにササッと無言で出ていく。頑固ジジィはこのように感じる「他人の家に上がり込んで挨拶もしないというのはどういう事なんだ!?」と、いやまてよ自分はどうなんだろう?よく考えてみれば行きつけの店はまだしも、特に初めて入る店では店員に挨拶をすることなんてないじゃないか?頑固ジジィはショックを受けた。
 性格判断テストでこのような結果が出た理由の一つにこんな質問に回答したのがあるからだと思う「青信号で通過している最中、信号を無視してきた車と接触した場合は、相手側に100%責任がある」なにも悩まずに「はい」に○をつけた。つまり、自分が考えている事はほぼ100%正しい…○はい。ならば今後買い物をする時は店に入る時に必ず挨拶をしようじゃないか、しばらく実行して解ったのは初めてお客から挨拶が返ってきた事に驚く店員の困惑の表情だった、やっぱり俺の考えは間違っているのだろうか?
 そんなある日に小〜中学生の 4人グループが店にやってきた、正直言って俺はこの手のグループが苦手で特に相手をするわけではなく机で仕事をしていたらそのままスッと帰って行った「やっぱりそんなもんか」というのがその時の感想。数日後また同じメンバーがやってきた、その日も同様に俺は黙っていたのだが、やがて仲間内でガヤガヤと相談した後、一人の少年が話しかけてきた、「あのさぁ…」その一言目に度肝を抜かれたのだ、後から知った事なのだがそいつのはまだ小学6年、それが初めて会った人間に使う言葉が「あのさぁ…」である。しかし俺も一応大人だ、しばらくはその口調に付き合っていたのだが、そんな無理も長持ちするわけでもなく、理性の防波堤はあっけなく決壊した「いいかお前ら、商いってもんはなお互い様の世界なんだ、お客はどんなにお金を持ってたって店が無ければ物は手に入らない、店はお客がいなければ倒産する、だからどっちが偉いとかはねぇんだよ、だからその言葉遣いと態度はなんとかしろ、その代わり俺だって小学生相手だろうが全力で対応するから」思わず言ってみたものの、どうぜ「うっせーわバーカ」とか叫んで出て行くんだろうと予想していたが、意外にも彼等はそれを理解してくれた。その後は慣れない言葉遣いでぎこちないけど誠意は十分に伝わっている、俺も毎週3時間の質問攻めになんとか耐えている。打ち解け合うようになってから話してくれたのだが、小学生には辛すぎるように思える様な複雑な家庭の事情が過去にあったらしく、最初の態度もそれを聞いて納得した、家庭の事情とはいえそのほとんどが大人の軽率な行動ともいえるだろう。
 アクアリウム業界にも改めてほしい考え方がある、それは「コケ取りや水換えが面倒だ」という事。もちろんすべてのユーザーがそう思っているわけではないが、もはや「一般論」と位置づけても間違いではないはず、世話をするというのは生き物を飼う事はもちろんだが、ほぼすべての趣味生活に必要な事だと思う、それに合わせて便利な道具が開発され進化してゆくが、その進化とはだいたい「維持に手間がかからないようにする」というのが占められると思う、アクアリウム界のそれはまさに「コケ取り不要、水換え不要」商品になる。たしかにそれを使えば外見上はほとんど汚れや飼育感は感じられなくなるが、オーナー自身の飼育レベルや管理意識は一向に上がる事はないだろう。俺はこの手の製品が存在する限りこの業界はいずれ衰退してゆくと思えて仕方が無い。
 この一連の出来事で犯してしまった過ちがあったかもしれない、それは自分の意見や考えを他人に押しつけてしまった事だ、いくら相手が子供とはいえ(いや子供だから重要なのか?)その子らの長い人生の中での意識を一つ変えてしまったのかもしれないからだ。彼等が運転免許を取る時に「あなたは頑固ジジィです」という結果が出ない事を祈る。